アイリッシュと共に4

にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ


僕は、数日間のバンクーバー滞在後、ここからバスで三時間ほどのアメリカ・シアトルへ行くつもりだった。出発の前夜、部屋で荷造りをしている時、彼もまた同 じように荷造りをしていた。「明日はどこに行くんだ? 」と、いうような話をしていると、なんと彼もまた、同じ時刻の同じバスで明日シアトルへ行くと知っ たのである。

 「おぉ~そうか! 君もシアトルへ行くのか! 明日の朝、ここにタクシーを呼ぶから一緒に乗っていけばいい! 」

 と、彼は今まで見せなかったほど嬉しそうな表情で、握手を交してきた。僕は、そんな彼と握手を交してから、最初に抱いていた険悪な印象が崩れてきたのだった。

  翌日の朝、予定通り僕は彼と一緒に出発した。シアトルに到着するまでの旅中、僕は彼のおっちょこちょいな一面をたくさん拝見した。朝から、「俺の眼鏡を知らないか?」と、慌てた様子で言うのだが、まもなく、自分のカバンの中にあることに気が付く。また、バスがアメリカとの国境に差し掛かり、入国審査を無事 に終え(僕たちは他の乗客より時間を要したが…)、再び走り出したバスの中で突然、彼が「しまった! シカゴ行きの列車のチケットを入国ゲートに忘れた!  あ~チクショ~! 」と、また嘆き始めた。それは大変なことである。が、またカバンの中をよく探すとチケットはすぐ見つかった。

「あぁ~あった、あった! 」

  バスの中で、彼とは良く話した。話したというより、彼の表情やしぐさで何を言いたいのかを僕が感じ取っていたといって良い。車内から雪の覆った高い山々がくっきりと見えると、「おい、見てくれ! 何て綺麗な景色だ! 」と、携帯に内蔵された小型カメラで嬉しそうに写真を撮り始めた。やがて、シアトルの街が そろそろ見え始めるという時、僕は少し眠っていたのだが、隣にいた彼は、

「おい見ろ! シアトルだ! シアトルだぞ! 」

と、 容赦なく僕を叩き起こしてくるではないか。彼の表情やしぐさは、まるで目を輝かせた少年のようであった。そしてついに、「俺は、家も仕事も車も全て失って しまったんだ」という人間には決して見えなかった。それは彼の懐の深さとも取れるし、余りに無頓着すぎるとも取れる…

ま さに絶望といえる状況で彼が去ってきた故郷アイルランドは、古くからケルト文化が根付いている国である。ケルト人は、紀元前五世紀~四世紀頃までヨーロッ パの広範囲に住んでいた民族であったが、やがてローマの支配下に入り、ゲルマン民族の侵攻によって現在のスコットランド、ウェールズ、そしてアイルランド に追いやられた。その結果、現在でもケルト人の血を引く彼らは、同じ島のイングランド(アングロ・サクソンなどの母体であるゲルマン民族の文化が色濃く 残った)とは違う国だという認識が今でもあるようだ。また、ゲルマン人たちも、かつてのケルト人に対しては常に上から軽蔑し、差別してきた。合理的で冷 静、無表情なゲルマン民族に対して、ケルト人はとても感情的であり、詩的であり、喜怒哀楽が顔に表われやすい。これは、あくまでも歴史から見た国民性の違 いであるが、アイルランドという小さな島国が、古くから美的感覚に優れた作家や妖精伝説を生み出してきたことと無縁ではないだろう。合理的なゲルマン人に とってみれば、彼らの抱く「妖精」や「幻想」など理解できないのである。少なくとも現代においては、どちらの特質も少なからず持ち合わせていた方が良さそ うな気がするが、ケルト人のそうした豊かな感情、詩的、幻想的な特質が、僕は純粋に好きだ。

 

 シアトルの駅前に着くと、彼はそのまま列車でシカゴへと向かった。僕がバンクーバーからシアトルまで共に過ごしたアイリッシュの彼は、そういう点では、かなりおっちょこちょいであったが、まさにケルトの血を引く人間だったのかもしれない。

                           (2006年12月6日 シアトル到着) 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«アイリッシュと共に3