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自転車の旅人

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2007年8月8日(木) sun 3日目の朝、出発

 朝、洋平の「おぉ~晴れだ!」という声で目が覚めた。確かに窓から明るい光が差し込んでいた。北海道を走り始めて、3日目の朝はやっと快晴となった。バイカーである僕たちのテンションが上がらないわけがない。
 僕が二人よりも遅く、ということは一番最後にやっと起き上がった時、昨晩となりの部屋に一人で泊まっていた自転車の旅人君が廊下で声を掛けてきた。じつは昨晩もお互いの旅の話を少しだけしていたのだが、彼はもうこれから出発するのだという。早い出発であった。
 その旅人君は学生で、今回は夏休みを利用し自転車で北海道を旅しているらしい。期間は1ヶ月とか言っていた気がする。
 当たり前であるが、僕たちの旅はスロットルを回せば走ってくれるが、自転車はまさに自力で走るわけだから1日に走れる距離もさすがに限度がある。旅人君は「1日休みながら走っても100キロがいっぱいいっぱいですねよ。だいたい60キロ~80キロくらいが平均ですかね」と話していた。
 旅人君は「旅の記念にお一人ずつ写真を撮らせてもらっていいですか?」と、懇願されたので僕たちは喜んで引き受けた。ただ、この時の僕の面はひどかっただろう。最初に洋平と松ちゃんが真正面から顔写真を取られていた。僕はその光景を見てなぜか笑えてきてしまった。これは卒業アルバム用の写真撮影かい、と。
そして僕の番が回ってきた。やばい、このシャッターの間合いには絶えられない、と思った瞬間に旅人君にシャッターを切られた。僕はすかさず、寝ぼけた面のまま旅人君にフォローを入れておいた。

「大丈夫ですよ!たぶん僕たちが一番男前ですから!」

 旅人君はその後、宿のおばちゃんや僕たちに玄関先で見送られながら釧路方面にゆっくりと走って行った。やがて、視界から見えなくなった。
 そして、僕たちも続くように準備を始めた。宿の目の前は国道だが、少し広い空き地が間にある。そこにバイクを止めていた。旅始まって以来の軽装で僕たちはバイクにまたがった。「ありがとうございました!」と、おばちゃんに別れを告げた。

旅人君と同じ釧路方面へ走り始めた。

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直別のライダーハウスにて

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2007年8月7日(水) moon3 

 夜、僕たちは直別のライダーハウスに着いた。確か、ミーキーハウスとかいう名前だったと思う。ミッキーがいるような雰囲気はまったく漂わせていないのだが…
例のおばちゃんが言うとおり、正面の入り口は真っ暗で閉まっていた。駐車場から裏口の方に行くと、明かりが点いていたのでおばちゃんを呼んだ。
 洋平との電話のやりとりでは気の強そうなおばちゃんを想像していたが、案外そうでもなかった。むしろ、話好きで持て成し好きの典型的な宿の女将さんという印象であった。

 部屋は和室で3人には十分な広さだった。和室という落ちつける空間。部屋の中央を横切るように僕たちはロープを張った。そこに洗濯物やカッパを思い思いに吊った。やはりテントより上等である。
 北海道のライダーハウスは、一泊風呂付で何百円の所が多いので金銭的にも助かる。僕の感覚で言うと、タイやカンボジアの安宿とほぼ同額だ。だがやっぱり日本の宿の方がはるかに落ち着く。そして何より設備がしっかりしている。
なんせここは極寒の大地でもあり、お湯がちゃんと出てもらわないと困るが。
 晩飯に呼ばれた。別館の食堂に行き僕たちは腰をおろした。北海道名物ジンギスカンである。
おばちゃん曰く、「ここのジンギスカンはガイドブックや雑誌で有名なのよ。お肉が違うのお肉が」ということらしい。が、確かに腹も減っていたせいか格別に美味かった。
僕が「うまいうまい」と本場ジンギスカンを味わっている時、隣にいた洋平はもうご飯のおかわりを頼んでいた。おばちゃんは親切にも僕たちに付き添って焼いてくれた。というより、夜も遅くさっさと片付けて休みたかったのか分らないが、おばちゃんは地元の話をしながらどんどん肉を焼き続けた。僕たちが手を休める余裕もないほどに。

「最近はあんた達のように旅をして泊まりに来る人が本当に減ったもんだわ。昔はこの時期なんて人でいっぱいだったわよ。特に自転車で回ってる人が多かったかねー。今は旅する人たちが減ったんだね~きっとパソコンとかゲームなんのって今はすごいから家で遊ぶことが多いんでしょう」

と、おばちゃんは手を忙しく動かしながら少し寂しそうに話していた。泊まりにやってくる人が減ったということが事実なら、おばちゃんの話していた要因も一理あるのではないか、と思った。何もみんながみんな旅好きということはないだろうが、しかし家の中で楽しめる娯楽品が普及したおかげで、逆に「非日常」という外の世界が見えなくなってしまったのだろうか。または、この「非日常」という世界を見ようとも思わない環境ができつつあるのだろうか。
 僕自身は、日常から急に抜け出したくなる時がある。こうして見知らぬ土地の人と話をしたいなと思うことがある。それがきっかけで旅馬というツーリングチームを突然結成し、こうして旅という行為につながっていたわけだ。

 まぁそれにしても、おばちゃんが焼いてくれたジンギスカンはうまかった。

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襟裳岬~広尾町~十勝川~直別

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2007年8月7日(水) cloud/sun

 えりも岬を後にした僕たちは、再び国道336号線を北上した。
しばらく左側が断崖絶壁の道路が続く。海沿いをうねるようにして道はあり、除雪トンネルが頻繁に続く。少し肌寒かった。真夏とはいえ、やはりこの場所は本州の夏とは異なるのである。と同時に冬もえらく異なる。昔、中学校の先生が北海道で暮していて、小便をしていたら凍ったという話を思い出した。むろん、鼻水など一瞬で凍りつくらしい。
 またまた話に出すが、紋別の親爺は冬の時期に一週間ほど東京に行く用事があって宿を空けていたらしい。一週間後、自分の家に戻り部屋に入ったら、ありとあらゆるものがコチンコチンのカチンカチンだったらしい。それにはさすがの親爺も頭を痛めたらしい。仕事で使うパソコンがまったく使い物にならなくなっていたのだから。

話がえらく逸れてしまった。
僕たちはこの日の宿の事をあまり考えずにひたすらバイクを走らせていた。
やがて街中にでた。
広尾町。
北海道を走っていると、大きな街から街までが何百キロと離れていることがざらで、それまでは人をあまり見ることはない。この広尾町にやってきたとき、襟裳岬での寂しい光景もあったせいか少し活気を取り戻した。人がたくさんいる。老人も学生もいる。
コンビニで小休憩した。そのコンビニの前で座り込みながらぶつぶつ独り言を言っているおばちゃんがいた。長靴を履き、薄汚れた作業服を着ていて決して上品な雰囲気はなかった。そのおばちゃんが近くにいた僕たちに話しかけてきた。
いや、実際それもおばちゃんには悪いが独り言のように響いてきた。

「あんたらどこから?東京かい?いいねェ~あたしは毎日魚ばっかり見てんよ。あ~嫌だ嫌だ」

どうやらおばちゃんの日常と僕たちのえらい楽しそうな旅にギャップがありすぎたらしい。
僕にとって広尾町の記憶はこのおばちゃんだけだ。

さて、広尾町を抜けて十勝川に差し掛かった頃、ちょうど空がオレンジ色に変わっていた。何度もいうようだが、北海道は空が広い。だから余計に感動するのだ。皆が十勝川に架かる橋の手前で止まった。今日の宿などお構い無しに写真を取りまくっていた。

少し時間を費やしたが、さらに北へ。直別に到着した時は、もう真っ暗であった。根室本線の直別駅。小さな駅舎の中で今晩の宿探しを開始した。ほとんど洋平君にまかせっきりであったが。その間、壁にあった電車の時刻表を見て驚いた。1時間に1本か2本。時間帯によっては1本もこない。僕たちが一斉につぶやいた言葉は「すくね~」である。車両も一つでしか走っているのを見かけなかった。さすが北海道。さすが北の大地。

 洋平がここから数キロ先のライダーハウスに電話を入れた。少し気の強そうなおばちゃんがでたようだ。「もう正面玄関が閉まっているから裏口から入ってきなさい」ということだったらしい。場所は音別という町。地図で確認すると、ここが直別で次が尺別でその次が音別だ。似たような名前がたくさんあったり、読み方が分らない町が多いのも北海道ならではだ。きっと、さかのぼればアイヌ民族が何かしらの意味を込めて付けた名前だろうが、それについてはこの章では置いておこう。

「まぁ泊まれそうですし行きましょう」と、洋平が声をかけた。

相棒のエンジンをかけた。松ちゃんの相棒はキャプトンマフラーだ。歯切れの良い鼓動がこの何の音もしない静かな駅前で響いた。もうすでに真っ暗な国道を僕たちの基準ではちょっぴり急ぎ足で走り始めた。

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えりも岬へ

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2007年8月7日(水)  cloud

 翌朝、僕たちは散々雨に打たれたテントをたたみ、えりも岬を目指して出発した。昨夜、真っ暗で怯えていた凸凹道も朝に変われば景色もがらりと変わる。先頭をいく洋平が走り始めてまもなく声を出して言った。

「うわっ、野生の鹿だ!」

と、左側の広い草原に目を向けると一瞬ではあったが、勢いよく駆ける鹿の姿を目にした。今振り返ってもやはり北海道という大地を思い出させる光景だ。

 北海道のちょうど太平洋側に突き出た襟裳岬は、おそらく北海道の地形を書く時に、誰しもが無意識に縦に延びるこの岬をを書いているのではないか。それほど北海道の地形を想像させるための重要な場所になっている。
 えりも岬に到着したのは、ちょうど昼頃だった。相変わらず、空はどんより曇っている。展望台までバイクを走らせているとき、少し気になっていたのが道路の両側に一面広がっていた人工植林だ。「人工」であるからその色や生え方に「自然さ」は決して感じない。
が、なぜこの場所に人工植林なのか、と色々考えて調べていたらやっと分かった。

 この岬があるえりも町は、古く江戸時代後期から「コンブ」がたくさん捕れる場所として多くの人々が移住してきた。しかし、この土地で特に冬の生活は厳しい。人々は暖を求めて木を次々に伐採し、やがて明治時代初期にはこの襟裳岬は砂漠と化してしまった。そして、肝心のコンブの生育にも悪影響を及ぼした。如何せん、この土地は風が強いので砂が飛び、人々の生活だけでなく海も汚した。そうした背景もあって政府が本格的に治山事業を開始し、こうして人工植林が岬一面に植えられたわけだ。

 僕たちは車やバイクが数台しか止まっていなかった広い駐車場にバイクを止めた。後々訪れた紋別でライダーハウスを経営していたおやじが、
 「えりも岬はナンもねかったべェ~~!」
と、気持ちを込めて話していたが、本当にナンもねかったべェ~、であった。
 僕たちは岬の先まで歩き始めた。僕がこの場所で記憶にあるのは、この岬が一躍有名になった森進一の歌「襟裳岬」の歌碑、強風のなか断崖を下って岬の先から眺めた海と生物の共存といもいえる自然の光景、それをしんみりと眺める洋平と松ちゃんの後姿だ。

 駐車場に戻ると、腹が減った。
一件しかない三角屋根のレストハウスの片隅に「えりもラーメン」という看板が嫌でも目に入った。それにしても、この駐車場の風景からして観光地としてはどこか寂しげである。
 店内に入った。テーブルの近くの壁に北海道の地図が張られていた。
僕たちはえりもラーメンをすすりながら今自分達がいる場所を再確認した。



 

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オロマップキャンプ場1

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2007年8月6日(月) cloud 記念すべき初日の夜

 なんだかんだ、もう一年以上も前の話だから苫小牧からこのオロマップキャンプ場までの道のりをぐだぐだと説明する必要はないだろう。それよりも、僕にとって初日は忘れられない日になった。
 僕たちは、苫小牧から国道235号をひたすら日高方面に向かって走った。
北海道を反時計回りで走る。苫小牧からしばらく走ったら、もう想像していた通りの長い一本道である。 
途中、道の駅「むかわ 四季の館」と「みついし」で休憩。
半日でさすがに襟裳岬までは厳しいと判断して、手前の日高あたりでテントを張ろうという予定だった。
もうまもなく陽が暮れる頃、僕たちは国道235号からそのまま国道236号に入り、日高幌別駅の手前で左折した。この数キロ先に無料キャンプ場があったので、そこに今晩はテントを張ろうということになった。
 オロマップキャンプ場。おそらく二度と行くことはないだろう。まして一人だけでは。

日高幌別から北上していくと、やがて軽種馬調教センターや日高育成牧場など広い敷地の中を走っていく。ここらへんはまだいい。問題はこの先からだ。

標識が見えた。オロマップキャンプ場2キロ先。
国道236号から右折して入っていくこの道は、ありえないほど細く真っ暗であった。
おまけに道路というよりは、ダートである。

「洋平、先頭よろしく!松っちゃん、いちばん後ろよろしく!」

真っ暗闇の走行が始まった。街灯なんてものはない。3台が照らすヘッドライトだけが頼りである。細いでこぼこ道に両側は草が生い茂っている。僕はこの時、想像してしまった。

「熊がでたらどうしよう…僕たちの心地の良い排気音には驚いたりしないだろう」

奴の腕の一振りで僕はバイクごと一瞬で吹っ飛ばされるわけだ。

と、その瞬間sign03 
先頭の洋平が急停車した。まさかsign02 熊かsign02
洋平がやられたら後ろに続く俺達はどうすれば良いか。
今までやったこともないクイックターンで洋平を置いて逃げるか、
それとも鉄馬を信じて熊に突っ込むか、鉄馬vs熊だ。
それか、北海道の初日に3人とも熊に吹っ飛ばされて終わるか…

洋平が急ブレーキをした直後に言った。

「うわ、野キツネだ! あぶね~引くとこだった」

キツネかhappy01 確かに僕もそのキツネが見えた。洋平のSRのヘッドライトに照らされてこっちを見ていたが、すぐに草むらに消えて行った。

洋平がその後こうつぶやいた。

「心太郎さん、先頭行ってください」
「わかった、じゃあ松ちゃん頼むわ」

その後、松ちゃんが先頭で僕たちは無事にオロマップキャンプ場に辿り着いた。

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苫小牧港に到着

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2007年8月6日(月) cloud 

 僕たちは大洗から乗った商船三井の「さんふらわあ」はなかなかだった。もちろん、僕たちは2等だったが、部屋の片 隅にちょうど3人分寝れるスペースを確保できたし、近くに大きな窓もあったから、その窓枠に荷物も置くことができた。船の中で何をしていたかは色々あって 絞れないが、簡単に言おう。
 寝てるか、『オートバイライフ』(著 斉藤純)、『旅々オートバイ』(著 素樹文生)をみんなで回し読みしているか、北海道の地図を広げているか、外のデッキで風を浴びているか、だ。

 5日の18時30分に出発して、苫小牧に到着したのは翌日の昼過ぎである。ついにきてしまった。じつは、僕は北海道は初めてではなかった。高校の修学旅行以来だった。
だけどその時は、飛行機でたったの1時間着いてしまう。

今回は何時間だろう? およそ20時間はかかっている。

これだけ時間をかければ、えらく遠い所に来てしまったような錯覚になるのも無理はない。
同じ日本なのに、どこか外国に来てしまったような…そんな感覚だ。

港に船が着こうとしていたとき、デッキから下船準備に取り掛かる船員たちの姿が印象的だった。それを眺めている松ちゃんの表情も印象的だった。

新天地にやってきた時の表情というのは、気分はわくわくしてはち切れそうなのに、表情というのはどこか不安げでどこか硬い。

そんな自分も外国を旅していたとき、国や街が変わる度にそんな表情をしていたのだろう。

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いよいよ北海道へ

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2007年8月5日(日)  大洗港から苫小牧港へ

前回は、都内の渋滞を抜けて茨城の霞ヶ浦大橋の休憩で止まっていた。
暑い日ざしを受けながら、僕たちはそこから大洗港へ向かった。
途中、右か左かどっちか分らなくなって僕が右を選んだ。
それは多分国道51号に出る前だった頃だと思うが、しばらく走り続けているとようやく気が付いた。大洗とはまったく逆方向の鹿島、銚子方面に向かっていることをhappy02
これで20分くらいはロスしたのではないだろうか。

まぁしかし、大洗には無事に着くことができた。ここに来るまでに何かトラブルでもあれば、北の大地もクソもない。

大洗港は広い港町だ。なんせ北海道方面にむかう大型船がたくさん停泊しているし、駐車場には大型トラックがずらりと 乗船を待っている。また大型水族館なども敷地内にあるから、船に乗ってしまう前に何とかここでファミリーにお金を落としていってもらおうという街の意気込 みを感じる。茨城は広い土地を持つが、東側が海に面している。そのなかでもこの洗港は漁業だけでなく、こうした観光業でも県の財政を助けているのではない か、と勝手に推測してみる。

さて、僕達はというと北の大地へ運んでくれる大型船を見て感激していた。
僕たちには間違いなく「タイタニック号」に見えていた。北海道へゆく長距離フェリーだから、それだけ船体も大きくなるだろうし、この時期なら乗船客も増える。
港の奥までいくと、バイクがびっしりと集団になって止まっている所に着いた。僕たちがその中に止めた後も、次から次へとバイカーたちがやって来る。みんなのバイクは多種多様だし、目的も細かいところでは違うだろう。
ただ、おそらく僕たちには共通の想いがある。

それは北海道という場所が、我々にとっての聖地であるということだ。
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北の大地へ

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2007年8月5日(日) 天気 sun

 僕たちはついに北の大地へ動き始めていた。愛車のコンディションや準備する物、フェリーの予約などを確認しながら出発の日が近づいていた。そして、これから10日間ほど、北海道を思う存分走ろうではないか、という待ち望んでいた日がついにやって来た。
 待ち合わせ場所は、お台場に行った時に待ち合わせをした多摩川沿いの売店の前だ。天気は快晴。この待ち合わせ場所に来るまででも、かなり焼けそうなほど暑かった。
 すでに、洋平と松ちゃんは集合していた。顔がにやけている。
それぞれの相棒にものすごい荷物が積まれている。だが、この荷物を露骨に積みまくっている自分の愛車を見るときほど、嬉しい時はない。なぜなら、それはキャンプツーリングと言われる長い旅に出る証だからだ。

 ひとまず記念写真。そして、出発!目指す場所は、北海道だがここからはあまりに遠すぎる。多分、下道でひたすら 走って北海道を目指すとすれば、その間に飛行機で近くの外国に行けてしまうだろう。ということで、ひとまず僕たちは茨城県の大洗港を目指した。ここから北 海道の苫小牧へ行く大型フェリー船に乗るのだ。
 このクソ暑い日差しを直に体に受けながら、僕たちは日曜日という最悪の都内を抜けなければならな かった。が、思っていたほど都内に入るまでは順調だった。銀座のど真ん中を走り抜けるのは爽快だった。日曜日でショッピングを楽しむ人たちが賑わってい た。そのブランド店が立ち並ぶショッピング通りを、テントやら着替えやら鍋などを野ざらしに積んだ3匹の野馬、いや鉄馬が走り抜けた。僕は心の中で、銀座 のマダムたちに言った。

 「ヴィトンかグッチかなんだか分らないけども、とにかく俺達は自由で気ままな旅にでる!」

 と、気分が絶好調であったが、都内を抜けるかどうかの辺りでやっぱり渋滞した。様子を見ながらすり抜けをして進ん だが、それでも僕たちの体力は奪われた。休憩を何度かしないと、暑くてやってけない。どうしても体が野ざらし状態だから、気候の変化をダイレクトに受け る。これが、オートバイの魅力でもあるが体力もそれだけ奪われる。定期的に休憩を入れなければならない点では、ツーリングもスポーツの一種といえるだろ う。
 都内を抜けて、千葉、茨城と入ると順調に走った。茨城に日本で2番目に大きい湖である霞ヶ浦に差し掛かった。ここは、洋平と大学の部活の合 宿で石岡に行った時に一度通ったことがあった。霞ヶ浦大橋といわれる(洋平と二人で渡った時は有料だったが、この日は無料だった)長い一本の橋を走ること にした。比較的、湖面に近い位置で、おまけに日本で2番目に広い湖となれば走っていても開放的だった。
 ちょうど、その霞ヶ浦大橋を渡り終えた所に道の駅がある。ここで休憩した。バイクを止めて、近くにあったデッキで一服。20分くらいしてから、再び愛車の元へ戻った。

 「さ~て、大洗まで行っちゃいますか! 」
 「うわっ!シンタローさん!めり込んでますよ、見てください!」
 「えっ、うわぁ!ほんとだ!」

 一体何か起こっていたかというと、僕の愛車のスタンドがこの炎天下のもとであまりに高熱になっていたために、地面のアスファルトを溶かしてめり込んでいたのだった。後輩のSRは何ともなかったのに、なぜ俺の相棒だけめり込んだのか…古いから?

写真:まだ愛車のスタンドがめり込む前。真ん中。後方に見えているのが霞ヶ浦大橋。

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お台場ナイトツーリング3

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2007年6月27日(水) 

 右折での危機を免れて、僕たちはとうとうお台場のシンボルともいえるレインボーブリッジ手前までやって来た。ここ まで来ると、時間帯もあってか道路はかなり空いている。特に、レインボーブリッジ(高速に乗るのではなく、そのすぐ下の一般道を走る)を走っている間は、 僕たちが独占しているのではないかと思うくらいだった。このライトアップされているレインボーブリッジをバイクで走るのは楽しい。特に、ぐるっと一周して いるループ橋は走行中に都内の全景が見渡せて気分がいい。この時、僕は先頭を走っていたが、最高だった。後続はニヤニヤしながら走るSRが2台見えるだけ で、その後ろには車が来る気配がない。時に、もともと60キロくらいのスピードをわざと40キロくらいに落としてゆっくり走った。このくらいの速度が、じ つは僕たちのバイクには最も適したスピードだと思っている。特にSRは単気筒の歯切れがこのくらいが一番良くて、しかもエンジン音に負担も感じない。これ が、70キロから100キロ近くまで挙げてしまうと、「やめてくれ~!」と言っているかのようにエンジンがうなり始める。まぁ、これ以上愛車のことを言う と、あなたは本当にオタクですねと思われそうなのでやめておこう。
 とにかく、レインボーブリッジ貸切状態で僕たちはお台場に到着した。レイン ボーブリッジは、高速道と一般道、そしてモノレールの「ゆりかもめ」が走っているから、この辺りに来ると、頭上にモノレールが走っている。そのモノレール を追いかけるようにして走る。途中、フジテレビの本社ビルも通過するが、時間帯のせいかもう車もほとんど走っていない。潮風公園の角を左折して、また開け た道路をしばらく走る。すると、右側に大江戸温泉の看板が目に入る。到着。

 この温泉、僕たちは初めてだったが、平日でも結構お客さんは来ているようだった。さすがは、お台場だ。そして、お 客に欧米人や韓国人がやたら目立った。さすが、東京。施設は、英語やハングルでの案内標識があるくらいだから、土日となればそれはそれはインターナショナ ルな場所となるだろう。入場する前に、施設で着用が必須となっている浴衣を選ばなければならない。なるほど、この温泉の正式名称は、「大江戸温泉物語」で ある。だから、僕たちはその物語の中に入り込まなければならない。つまり、ここは温泉テーマパークなのだ。もちろん、いざ浴衣を着て浴場に向かおうとして もすぐには辿り着かない。時代を再現した広い空間の中に、土産屋やアトラクションがたくさん並んでいる。中には、日本や江戸の古地図が売っている店もあっ て(つい、欲しくなってしまったのだが今回は我慢した)、温泉と古地図の何が関係するのだろうかと思ったが、ここはやはり「大江戸温泉物語」なのである。 僕もすっかり、このテーマパークが気に入った。となれば、一緒にいた後輩たちも同じだろうと思い、お得意の皮肉をわざと込めて聞いてみた。

「おい、もう心の中で次のデートはここだなって思ってるんだろ?」

「えっ、いや~まぁ、ハイ」(洋平ちゃん)

「えっ、まぁ~時間が合ったら来ます」(松ちゃん)

と、やはりもう次なる計画をしていやがった。僕たちは、湯に浸かった後、食堂でラーメンを食べた。僕は大江戸温泉で 「札幌ラーメン」を選んだが、少しはやとちりだったかもしれない。ここは、雰囲気も良いし、温泉のなかでも浴衣を着たまま足だけ湯に浸かる足湯もあって、 この日は野郎3人であったが、洋平と松はその雰囲気が気に入っていたようだ。彼らには次なる計画があるくらいだから。でもこれは冗談ではなくて、カップル でバイク乗りの方なら、一度ナイトツーリング気分でここに遊びに来るのもいいと思う。

 このナイトツーリングが、北海道キャンプツーリングに向けて、僕たちの最後の予行練習となった。帰路は、再び国道 15号を下り、集合場所であった多摩川沿いの土手で解散した。渋滞はなくて、じつにスムーズに帰ってくることができた。洋平がカメラを構えて記念写真。そ して、洋平が一言。

「おぉ~、なかなかいい絵になってますよ!笑」

写真:多摩川沿いで 解散前の松っちゃんと自分。

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お台場ナイトツーリング2

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2007年6月27日(水)

 この日、僕たちは夏に北海道というキャンプツーリングを控えていたわけで、ここで事故でもして愛車がオシャカにでもなればお話にならない。だから、結構慎 重に走っていたつもりだが、国道15号をひたすら上って、やがて品川、田町の駅も過ぎるとレインボーブリッジ入り口に行くために右折した。先頭は洋平ちゃ ん、真ん中は松ちゃん、最後に自分であったが、右折可の→信号の点滅がまもなく消えようとした時、洋平ちゃんが突っ込んでいった。続いて松ちゃんも突っ込 んでいった。が、自分は止まった。いや、一緒に行っちゃえという気持ちもあってか、動揺して少し急停車する形になった。その直後だった。大型トラックが反 対車線から交差点をごく普通のスピードで通過した。洋平と松は完全に右折し終わるかどうかという時だった。いや~危なかった。もし、自分も一緒に右折していた ら…

 この交差点は「芝4」という。田町駅を過ぎてまもなくあるが、国道15号はここを基点に日本橋方面へ左カーブして いるので、右折車にとって前方がはっきり見えにくい。複数人でのツーリングになると、どうしてもなるべく集団で固まっていたいという気持ちが働いてしまう ようだ。信号が黄色から赤になろうとしている 時でも、(まぁほとんどの人が黄色でも通過しているだろうが)つい前のバイクに続いて通過してしまうことがある。だが、これは先頭の者は良くても、後続の 者が事故する可能性は十分にある。

「今、危なかったな!」

「いや~危なかったです!すみません、行っちゃいました(笑)」

と、洋平が笑って言っていたが、とにかく何事もなくて良かった。                

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お台場ナイトツーリング1

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僕たち「旅馬(りょーま)」は、夏の北海道キャンプツーリングに向けて着実に準備を進めていた。が、それまでに何度か近場で慣らしとくか、ということで今回はお台場を目指した。
僕 たち田舎好きの男3人でお台場行って何をするのか、と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、目的は風呂であった。お台場にある大江戸温泉に行って湯に 浸かろうということだ。そして今回、都内は混むから平日の夜に出発しようということになった。ナイトツーリングの良さだ。おまけに、この日は平日だったか ら帰路は何のストレスもなく、スムーズにバイクを走らせることができた。都内は、ナイトツーリングが色んな意味でベターと思う。
 集合場所は、の ちのち北海道ツーリングの時も待ち合わせ場所にした多摩川沿いの小さな食堂の前だ。小さな食堂とはいえ、この食堂は僕たちが準硬式野球部の練習によく使用 した河川敷グランドのすぐ近くにあって、昔は読売ジャイアンツの2軍選手達がよく使っていたようだ。そこで待ち合わせをしたのはもう日が暮れかけていた。
  出発。多摩川沿いをひたすら走る。国道15号を目指す。この多摩川沿道をしばらく走る。まもなく国道1号と多摩川大橋との十字路にぶつかるが、これもパス して走る。すると、道路は大きく緩やかに右に曲がっていく。国道15号まではもうすぐというこの辺りの景色は、おすすめである。何だか急に開けて広々とし た感じになり、多摩川を挟んだ向こう側には、川崎駅周辺の高層マンション郡が密集して建っている。明るいうちでも、暗くなってからでも田舎と都市が混ざっ たような景色が目に飛び込んでくる。

 先頭を走っていた洋平ちゃんが振り返って、「ここ良くないですか?」と言わんばかりの笑顔で訴えてきた。旅馬は、みんな同じ感覚でバイクを走らせているからふと出逢う景色でも共感することが多い。

 国道15号に出た。ここから品川まで20キロもない。いや、渋滞にも巻き込まれることなく気が付けばあと数キロと いう標識がでてくる。信号はやはり多いが、夜のオフィス街を走り抜けるのは、田舎の道を走るのとまた違う魅力がある。もちろん、交通量もあるし人もたくさ ん歩いているから、田舎道を走るより数倍神経を使う。けど言葉ではうまく言い表せないが、その景色が何か異次元の中を走り抜けているような気分になる。た まには、こういうツーリングもいい。

 

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青天の霹靂

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2007年5月19日(土)

 仙石原を抜け、国道138号を御殿場方面へ。通称、乙女峠といわれるこの辺りは、名前の通りコーナーリングの多い道だ。晴れた日には、僕たちが走る方向であれば左手にどか~んと富士山が姿を現しているはずなのだが、依然、天気はよくなかった。むしろ、雨が降りそうな…
  御殿場付近はアウトレットなどがあるせいか、土日はよく混む。ちょうど、去年の伊豆半島ツーリングの帰りに、この辺りでひどい渋滞に巻き込まれた。その時 は、すり抜けも微妙にしにくい状況で、前方までびっしり車が渋滞しているから、こういう時のマニュアルは大変である。ニュートラルを入れるにもすぐ動いた り止まったり。そしてこの時、なぜか気分を入れ替えようということで、一緒にいた洋平のSRを交換して運転していた。それは関係ないといえば関係ないのだ が、クラッチの開け閉めで握力がなくなり、やがて僕は力尽きた。

 「プスっ」

 が、渋滞しているから慌てることはない。ちょっと空いたスペースに停めてキック!
そんなことがあった道も、今日はさほど混んでいなかった。だが、天気はよくない。そして、須走IC付近まで走ってきた頃、空に異変が起こり始めた。光。それは、一瞬ともいえる速さで空の色が変わった。先頭を走る洋平が、ニヤニヤとこちらを振り返れば…

 「きたぁ~~~~!!! 」

 と、僕は得意のスタンディング・ポジションをとった。僕は、バイクで走っている最中、疲れた時やふと景色を遠くま で見渡したい時、そして興奮した時にこのポジションをよくとる。残念ながら、ゆったりと足を前に出して乗るアメリカンでは、これは難しい。レーシングレプ リカでも出来ないことはないだろうが、やはりあのタイプでは前傾姿勢が一番様になる。となれば、スタンディング・ポジションが最もやりやすく様になるバイ クは…我々が乗るクラッシクスタイルのバイクとなる。(勝手な自己満足を許してください)むろん、すでに先頭を走る洋平も後ろを走る松ちゃんもスタンディ ングしている。言ってみれば僕たちは適当なのだ。一人が立てば、他もつられて立ってしまうのである。
 国道138号はやがて山中湖の湖畔道路に出 る。僕達は、旭日丘のT字路を右折。山中湖を時計回りで走ることにした。ちなみに、僕は山中湖は時計回りで走るのが好きだ。もちろん、走り始める場所にも よるだろうが。しばらく湖畔沿いを走ると、やがて大きく左にカーブして湖から少々遠ざかる。が、心配はない。緑が多いトンネルのような道をくねくね抜ける と、また湖畔沿いの道に戻ってくる。そして、そこからは左手前方に富士山を眺めながら直線一本道だ。僕は、山中湖ではこの道が一番好きだ。
 本日、朝から心配だった天気であったが、富士山を間近にして快晴となったのだった。
旅馬の記念すべき初ツーリングは肝心の場所で幸運だった。ばっちり富士山が見えている。湖畔沿いの駐車場で、日本一高いその名山を写真に収めた。
写真:快晴になって突如現れた富士山を眺めて

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箱根・仙石原を走る

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2007年5月19日(土) 続き

 我々は箱根ターンパイクで苦戦を強いられたが、その後はいたって順調に走った。ターンパイクを抜けて、芦ノ湖を目 指す。富士山麓に点在する富士五胡とは違って、やや南東に外れた位置にある。この芦ノ湖は、富士山の噴火によってではなく、箱根山の噴火によってできた凸 凹盆地に雨水が貯まってできたカルデラ湖である。
 僕たちがこのあと向かった山中湖とは違って、その雰囲気はどこかひっそりとしていて、寂しげ だ。だが、この箱根山には古くから至る所で温泉が湧き、釣りの名所としても観光客を集めている。おまけに、正月となれば大学駅伝の往路、復路の基点とも なってたくさんの人で賑わう場所である。
 僕たちは、箱根観光船(通称、海賊船)が停泊している湖畔で一服していた。しかし、なんで船は海賊風な のだろう。これほど日本の自然を象徴する場所もないのに、いまいちコンセプトが良く分からない。子ども受けを狙っているというのもあるのだろうが、もし詳 しいことを知っている人がいたら、教えてくださいませ。
 海賊船の話はさておき、僕たちのすぐ隣では数十名の韓国人観光客が楽しそうにお喋りをしていた。まさか、海賊船を見て笑ってはいないだろう。海外の人達から見ても、日本の自然というのはどこか神秘的に映る魅力があるに違いない。
 芦ノ湖の近くにあるお弁当屋でおにぎりを買った。これが、僕たちの朝飯と昼飯だ。腹が減っては、鉄馬は走らぬ。洋平は、どでかいおにぎりをあっという間に食べ終わった。だが、洋平は続けていった。
 「あぁ~たんね」
  芦ノ湖最南端から時計周りで北上。この辺りは標高が高い。途中、芦ノ湖を目下に望む絶景からゴルフ打席を楽しめるスポットがある。いつかやってやろうと 思っているが、未だに遠目から楽しんでいるだけである。この日も、僕たちはその絶景を後方の駐車場から見て楽しむだけだった。
 芦ノ湖最北端から それるようにして、仙石原方面へ。僕は、この仙石原沿いに伸びるまっすぐな道が箱根のツーリングスポットの中でも大好きである。なんといっても、長閑なす すき草原が風に揺られるようにして広がっている。その向こうは小高い山だ。そんな風景を眺めながら、風のように走っていく。バイクは最高の乗り物だと実感 するのだ。僕たちは、歯切れのいい排気音と共に、上機嫌でこの道を駆け抜けた。

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箱根ターンパイクはいかに

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2007年5月19日(土) 続き

 国道139号からそのまま国道1号、そして西湘バイパスへ。
この西湘バイパスは海沿いの開けた道路だから、バイクでも車でも走ってて気分がいい。
  しばらく走ると、海岸線に大きなサービスエリアがある。僕たちは当然のようにそこへ入った。天気はいまいちだが、なんせ土曜日だからバイカーは同じようにここにたくさんいる。
 駐輪場にバイクを止めると、周りは大型バイクばっかり。ハーレーにBMWにDUCATIとなれば、我々はじつにちっぽけなバイクに思えてくる。しかし、

 「まぁ、俺達は俺達の良さがあるじゃないですか!俺はこのバイクが好きですよ」

 と、洋平ちゃんが隣で誇らしげに言った。ちっ、先に言われちまったか…
このYAMAHAのスタンダードなバイクが3台並べば、ある意味それは大型車に引けをとらない。
 少し雨がぱらつき始めた。さて、どうする。僕たちは、西湘バイパスからそのまま箱根ターンパイクへ行くことにした。天気は微妙だが、誰も箱根ターンパイクをバイクで走ったことがなかったから、この際行っちゃえ!
 箱根ターンパイクの料金所付近に近づいた時、空が急に明るくなった。先頭を走る洋平が笑って後ろを振り向いたので、僕は

 「これはまさか俺達のために?きたぁ~~~~!!」

 と、そこまでじゃないがバイクに乗りながら叫んだ。それを見た後続のまっちゃんが猫のような顔で笑っている。ター ンパイクは、標高が高い。料金所を通過した途端、急勾配を上っていく。しばらく、天気が完全に快晴になったと思われたが、甘かった。標高が高くなるにつれ て、霧がかかってどんどん視界は悪くなり、ついには先頭のバイクに付いていくのが精一杯な状況になった。そして、寒い。誰もこうなるとは想像していなかっ ただろう。
 先頭は洋平。真ん中は自分。一番後ろは松っちゃん。霧のなかしばらく走っていたが、
ふとバックミラーを見たら松っちゃんの姿がない。とりあえず洋平に知らせようと思い、ホーンを鳴らしたらびっくりした。

 「プゥ~~ん…」
 「えっ、なんだこりゃ!なんでこんなに勢いないの? ようへぇ~止まれ~!!」

 が、洋平にはそのまま先に行ってしまった。まぁ、そのうち気付いて戻ってくるだろう。
僕は、Uターンして松っちゃんの所へ。松っちゃんは立った状態からキックを連発していた。

 「すみません、エンジンいきなり止まりました。エンジンかかりません。ガス欠っぽいです」

 「えっ、ガス欠なの?リザーブ(予備タンク)にするしかない。もう少し走ればスタンドあるでしょ?」

 やがて洋平も異変に気が付いて戻ってきた。とりあえず、リザーブで何回かキックしたらエンジンはかかった。この場合、かかってくれたといった方が良いかもしれない。
 再び僕たちは霧の中、バイクを走らせてた。確かこの後、もう一回松っちゃんのSRがエンストしたけど、またキック連発して何とか復活した。それ以降は、松っちゃんが先頭を走って、スタンドまでは何らトラブルは起こらなかった。松っちゃんは言っていた。

 「ほんとすみません、申し訳ないっす」

 「松っちゃん!俺達は仲間だ!」
 
と、ここまで臭いことは言えなかったが、僕も洋平もトラブルには慣れている。僕もよく洋平に面倒をかけたものだ。だから、こういうことが起こらないと旅は 逆に面白くない。旅はトラブルが付き物だ。それは、どんな旅でも一緒だろう。そして、トラブルが起こった時に一緒にいてくれる仲間ほど安心なことはない。 一人旅は、これを全て自分で対処していかなければならない。それにしても、僕たちにとって初めての箱根ターンパイクであったが、霧といいガス欠といいなか なか苦戦を強いられた。
 そして、思い出した。さっき洋平を呼び止めようとして鳴らした、あの情けない屁のようなホーンは一体何だったのだろうと。バッテリー弱ってきたかなぁ。
写真:西湘バイパス途中のサービスエリアにて。
   後輩お二人さん。
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新しい仲間

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 2007年5月19日(土) 天気 くもりのち雨のち快晴

 AM7:00。旅馬の記念すべき最初のツーリングは、朝が早かった。朝が苦手なのは、後輩たちではなく自分であった。寝坊は避けられないため、モーニングコールを頼んでいた。
 国道246号下り、ちょうど東京工業大学の手前にあるコンビニで待ち合わせとなった。後輩はもう出発前の一服をしているではないかsign01
 ということで、コンビニの前にYAMAHAのクラッシクバイクが3台並んだ。それにしても、SRはシンプルだ。おまけにキックスタートというのがいっそう魅力を増している。
セルがないから、エンストの度にキックしなければならない。なんでそんな面倒なバイクに乗るの?すぐエンジン掛かるほうがいいじゃん!というような声も上がるだろう。
  しかし、我々はそんな時間までを旅の楽しみにしていた。といえば、ものすごい格好良いのだが、じつは僕の愛車XS650SPにはセルとキックスターターが 両方付いている。だから、後々の物語で話す予定だが、時にはセルがあることによって非常に助かった経験もある。非常にくだらないことなのだが、キックしか ついていない後輩たちはそんな時に限ってエンジンがかからない。となればキック、キック、キック、キック、あ~キックsign01ということになる。その光景を一般の人達が見たら、「あれは何をやってるけ~」と思うことだろう。

 「いや~わくわくするな~!」

 「天気がいまいちっすね。雨降り始めたら、コース変えていきやしょう」

 最初の目的地は江ノ島である。後輩の松っちゃんはこの時が初めての江ノ島であった。
それは行くしかない。しかも、江ノ島はもう遠い場所に感じない。というわけでキック一発、3台の鉄馬が再び息を吹き返した。特にこれから出発するという時、この儀式はもう当たり前のようだ。

 「ドッドッドッドッドッドsign03
 「さぁ行くか!」

 国道246号をしばらく下り、国道467号へ入る(藤沢方面へ)。

 この467号も土日はよく混雑する。だが、僕たちはその渋滞を避けるために朝7時に待ち合わせ済みだ。道が空いていれば、のんびり走っても小1時間程で江ノ島に着いてしまう。
 江ノ島までノンストップで確か8時過ぎくらいだったのではないかと思う。速いものだ。
一 息つくには、ちょうどいい場所だ。何度来ても飽きないし、自分の庭にまだいる感じだ。が、後輩の松ちゃんは違う。初めての江ノ島。島の一番奥まで行くと、 防波堤に上がれる場所がある。僕が中学生の時、自転車でここまで来た時は、この防波堤も今のように綺麗に整備されていなかった。ここで僕たちは休憩した。 そこで、松ちゃんは初めての江ノ島を満喫していた。
 ここから富士山に行く前に、ちょうどこの日から半年以上も前の夏、この場所で素っ裸になって日焼けをしていた奴がいた。もう一人の後輩、永井大似の洋平ちゃんである。
 去年の夏、僕と洋平は当時は2台のSRであらゆる場所へよく走りに行っていたものだ。
相模湖をはじめ奥多摩湖、房総半島半周、法政大学石岡体育施設(茨城県)などだ。
そして去年この防波堤を経由して行ったのが伊豆半島だった。
 伊豆半島最南端の石廊崎にほど近い弓ヶ浜の民宿で一泊した。夜の砂浜にぽつんとあた海の家でビールを飲み、砂浜に座り込んで人生を語り合った。
 今日からは、松っちゃんという新しいメンバーが加わっている。一見、猫のような可愛らしい表情をしているが、カラオケに行けば福島出身で自分の心境を伝えたいのか吉幾三の「俺ら東京さ行くだ」を大熱唱するほどだ。おもろいメンバーが入ってくれたな。
 そんな僕たちは、江ノ島の防波堤を後にして海沿いの国道134号を西へ向かった。

写真:初めての江ノ島で一息の松っちゃんと愛車SR
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2007年春、『旅馬』結成!

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2007年春、バイクツーリング「旅馬(りょーま)」は、たった3人で結成された。
リーダーは年齢的に自分ということになっているのかよくわからんけど、後輩2人のほうが色々な意味でしっかりしているので頼りになってる。(笑)
 後輩たちが乗っているのは、YAMAHA・SR400☆そのうち一台は、自分が海外に行く前まで乗っていた相棒で、旅の資金にもあるし後輩も欲しがっていたということで売り渡していたのだ。もちろん、旅から戻って後輩が乗っている元自分の愛車に再会した時、
 「お前も無事だったか!」
 というようなほっとした気分になった。
 自分はというと、旅から帰って来てバイクどころの話ではなかったが、親父が乗っていたYAMAHA・XS650スペシャルが車庫に眠っていた。親父は今はハーレーのショベルに乗っている。
 「大型の免許とったらやるで~」
 と、親父から言われれば、まず取りに行くしかない!ってことで、バイトしてさっそく取りました!大型自動二輪scissorsこれでハーレーでもトライアンフでも何でも乗れる!
 ある日、大学の食堂で、第一回「旅馬」の記念すべき会議。

 「じゃあ、まずどこ行こうか?」

 「やっぱり、富士山あたりが最初は妥当じゃないっすか?」

 「よし、じゃあ手始めに行くか!」

 「ちなみに、ちょっと先ですけど夏はどこ行きますか?やっぱり…」

 「北海道でしょう~!!うわぁ~走りてー北海道!」

 ってことで、すでにこの第一回会議から我々はひとつの目的地があった。

 北海道。

 日本で一番広い都道府県。ラーメンにジンギスカンに海鮮丼に食べ物は美味い。というようなイメージがある中で、おそらく我々が北海道に誘惑させられていたのは、

 「果てしなく続く一本の道と広い空!!北の大地!」

であった。その道を、3台の鉄馬が並び、そしてのんびりと走っていく。我々は、スピード狂ではない。バイク=スピード出して危ないというイメージをバイクに乗ったことのない人からは特に持たれてしまう。(確かに、事実ではあるが)
 しかし、そうした代償として車に乗っていては決して味わえないものがバイクにはある。
一つは、風。車もオープンカーならまた話が変わってくるだろうが、バイクは風を避けることは出来ない。どんな風も受けて走らなければならないが、それは車では感じることができない風も感じることができるということだ。
 二つ目には、一体感。「鉄馬」といえるのは、馬にまたがる体勢で乗り物を操作することができるから。ちょっと変な表現に聞えてしまうかも知れないが、それは

 「俺はまさにお前と一緒に走っているんだぁ~行くぜ~~sign03

 と、いうような心境だ。ちなみに、バイクに対して感じていた魅力が後輩と似ていて、分かり合えていたからこそ、旅馬は結成することができたと思っている。人数の多い少ないは問題ではない。どんな趣味にしても、こういう仲間がいることだけでも貴重だと思っている。
古い親友の付き合いなども同じことだ。
 旅馬のツーリング話からえらくそれてしまった。とにかく、旅馬の記念すべき、第1回ツーリングは富士山付近をぐるっと回るコースとなった。次回は、富士山ツーリングのことについて簡単に書いていくことにする。覚えている範囲で…

 

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