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手作りライダーハウスinサロマ湖畔

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2007年8月8日(金) 

 この日3つの湖を巡ったのだが、その最後がサロマ湖だ。摩周湖に着いたのがもう昼の3時ごろだったので、今日の宿はサロマ湖畔のキャンプ場に決めた。

 初日に無料キャンプ場でテントを張り始めてから、僕たちは徐々に要領をつかみ始めていた。今思えば、初日のテントの張り具合はひどいものだった。雷雨のせいもあってか、雨粒が天辺からぴたぴたと僕の顔面に落ちてきた。真ん中というベストポジションを後輩を差し置いて選んだのが逆に不運だった。翌朝は、通常ならピシッと張っているテントが雨に濡れてペッタリとしていて虚しい姿になっていたのを覚えている。

 この日はそんな教訓を生かして、テントの上にもうひとつ屋根を作れば雨漏りすることはまずないという結論に至った。キャンプ場を決めたと同時に、僕たちは係りのおじさんにブルーシートを借りた。これをテントの上に「張る」のだ。

 しかし、誰だろう。そのブルーシートをどうせなら格好良く見せたいと言い始めたのは。その誰かの夢物語に答えようと二人の後輩達がせかせかと動き始めてくれたではないか。しかし、そう簡単に作業は順調に進まない。途中、もうライダーハウス作りは諦めませんか、というムードにもなったが、僕たちは粘った。いや、僕だけが粘った。広い芝生のスペースに木が一本立っていた。これを使って何かに結び付ければきっと張れる…

あったsign03 いいものが! 俺たちの相棒smile

 ちょうど3台だったので、木とバイクをそれぞれ並べてミラーかどっかにひっかければ四方から引っ張り屋根ができる。ということで、試行錯誤しながらついに僕たちのオリジナルライダーハウスが完成した。そしてしばらく達成感に酔いしれていた。その時、一台の大きなキャンピングカーが隣のスペースに堂々と入場してきた。トラック並みに大きかった。芝生のど真ん中に停車した直後、ちょうど車体の横から機械音がしてきて一枚の大きな屋根が自動で姿を現した。そして幼い子供が慣れた手つきでその下にテーブルなどをセッティングし始めた。

 大いに虚しかった。あちらはボタン一つであっという間に屋根が完成した。僕たちは1時間近く要した。しかし、僕たちのライダーハウスが完成するまでの思い出と絆はプライスレスだbleah

 この日の夜は楽しかった。テントの前にベンチを持ってきて座り、夜中まで3人で語り明かした。話題の軸になったのは、それぞれの今後のことだ。今回、松ちゃんは半強制的にこの旅馬に加わり、北海道ツーリングに参加していた。だが、もうこの時は旅の良さを十分に感じていたらしい。

「僕もこれからまたこんな旅がしたいです」と、話していた。手作りライダーハウスのお陰もあり、この晩のことを洋平も松ちゃんも鮮明に覚えていると思う。

写真:僕たちのライダーハウスとリッチなキャンピングカー

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摩周湖と湖の名前について

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2007年8月8日(金) 

 蜂の大群から逃げ切った後、僕たちはそのまま摩周湖を目指した。昼頃から天気がまた崩れ始めた。霧で有名な摩周湖がこの天気では望めないのではないかと心配だったが、僕たちが思っている以上に湖は澄んでいて、まさに「摩周ブルー」だった。

 それにしても、北海道は地名だけでなく湖もユニークな名前が多い。摩周湖からちょうど北西に位置する屈斜路湖(くっしゃろこ)もそうだが、北海道の地図を広げて湖を探していくと、名前の由来が分からないものがほとんどだ。

 例えば、僕たちが苫小牧行きのフェリーの中で北海道の地図を広げてあれこれと話していた時、西に位置する「支笏湖」のことを「シコッココhappy01」と思って読んだら、「シンタローさん、シコツコですよ!」と、洋平に笑われてしまった。

まぁこれは半分冗談にして。

 今回の旅では訪れなかった阿寒湖(アカンコ)や北に位置する朱鞠内湖(シュマリナイコ)と、やっぱり変わった名前が多い。摩周湖のマシュウという名前の由来もはっきり分っていないようだ。ただし、アイヌ語では「山の神の湖」という意味が込められている。

 確かに、摩周湖は火山の噴火によって形成されたカルデラ湖であるから、山に囲まれて神秘的な雰囲気がある。富士山周辺の湖でイメージすれば、同じカルデラ湖である芦ノ湖に雰囲気は似ている。そう考えると、北海道の湖の名前は富士山麓にある山中湖や河口湖という名前と比べていかにもアイヌ民族の歴史を感じされる響きだ。

写真:摩周湖展望台より

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釧路湿原~コッタロ展望台

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2007年8月8日(金) sun/cloud 

 音別から海沿いの国道38号線を走る。釧路市内までは入らず、北海道ならではの壮大な自然の景色を眺めようと釧路湿原を目指した。釧路湿原展望台までもう少しという所で、ちょうど昼時だったので定食屋に入った。そこの定食屋で僕たちはボリューム満点の天丼を腹一杯食べた。洋平と松ちゃんのどんぶりはアホみたいにでかかった。たまにはガッツリ食いたくなるのである。 

 運転に支障がでるくらい腹がパンパンになったが、僕たちは釧路湿原の展望台へ向かった。入場料は大人400円。展望室へ行く前に、この釧路湿原の歴史や生息する生き物などのはく製が展示されていた。たまにはバイクから離れて、こういう時間の使い方もいい。展望台に上がった。幸運にも天気は快晴であった。まさに緑一色の湿原がはるか向こうまで広がっている。青い空のおかげで、視界が良かった。こういう場所は、よく東京ドームが何個分というような言い方をされるが、いくつあっても足りないくらいだ。

 僕たちはこの辺りの地図を眺めて、他にも湿原が見れるポイントがないかどうか調べた。すると、洋平が「コッタロ展望台っていう場所良さそうじゃないですか?」と、つぶやいた。ここからもさほど遠くもなさそうだ。僕たちは釧路湿原展望台からコッタロへ向かった。道中、道端にはありえないほど数のトンボの死体が転がっていた。僕たちの顔面に勢いよくぶち当たる時もある。僕が先頭を走っていると、後ろから「イッテー!」という悲鳴が聞こえてくると、僕の口元に一匹のトンボがぶち当たってきた。3秒ぐらい僕の口元に引っ付いていたが、手が勝手に振り払ってしまった。北海道を走る場合は、サングラスよりはシールドがよろしい。

 僕たちはあまり人影がない駐車場に着いた。少し急な階段がある。僕たちはそれを坦々と登り始めた。が、この後先頭を歩いていた洋平君が悲しい運命を迎えようとは、自分も松ちゃんも分からなかった。階段を上り切ったところで、松ちゃんが声を上げた。

「うわっ蜂だ!でけー!」

と、気が付けば1匹が2匹、4匹、6匹、うじゃうじゃいるではないかsign03

先頭を歩いていた洋平がついに蜂の大群に取り囲まれた。さすがに体格のいい洋平も焦った。地面は砂利であった。洋平が懸命に体を動かし、クイックターンを仕掛けようと足で踏ん張ったその瞬間sign03

「ドサっsign03

 こけた。こけた瞬間の洋平ほど怖かったものはなかっただろう。その瞬間にも蜂は飛び回っているのである。だが、後にいた二人はその心配どころか、爆笑していた。

「アハハハハhappy01sign03

が、笑っている余裕もない。さすがは猫のように逃げ足が速かったのは松ちゃんだった。その直後、階段を一気に駆け下りた。自分も続き、それに少し遅れを取って洋平も続いてきた。

 下には僕たちの相棒が3台待っている。これに乗って逃げれば蜂もさすがに追ってこれまい。が、悲しいかな、SRはセルスターターが付いていない。その点XSは運が良かった。キックもセルも両方付いている。僕は普段はあまりセルでエンジンはかけないが、この時ばかりは有効に利用して一目散に逃げた。そして少し離れた所まで行き、そこから二人が懸命にキックをしている姿を見て大声を上げて笑っていた。

結局、僕たちはコッタロ展望台に辿り着くことができなかった。

写真:釧路湿原展望台から

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寅さんの故郷、葛飾柴又へ2

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2008年9月27日(土) sun/cloud  帝釈天参道へ

 お台場も抜けて、葛西JCT.でようやく左折する。湾岸線からちょうど首都高に変わる所だ。(ちなみに、これをさらに真っ直ぐ行けば東京ディズニーランドである)
 ここから荒川沿いを走るのだが、この道はなかなか景色が良い。ふと、高速道路であることを忘れてしまいそうになる。が、やがて船堀橋入り口で高速を降りた。
 途中、一之江駅のほうで道が分らなくなり、コンビニの店長らしき人に親父が柴又までの道を聞いたら、丁寧に教えてくれた。店長の口から、「寅さんの…」という言葉が聞こえてきて、さすがだな、と思った。まさに、この辺の土地の人間は寅さんを知らぬ者おらずという感じだった。やはり、あの名優の力はすごい。
 僕たちが走った柴又への道順を先に記しておくと、船堀橋を右折してしばらく直進。すると環七通りにぶつかるのでそれを左折。ひたすら直進。やがて蔵前橋通りというそこそこ広い道路を右折。この通りからやがて柴又街道という細い道路があるので左折する。あとは道なりに走れば帝釈天参道の下町情緒あふれる風景が目に飛び込んでくるだろう。

 さすがに帝釈天参道は大変賑わっていた。なんせ、大型の観光バスも止まっているくらいである。もうこの小さな街の一角は観光地と化している。

 参道脇にバイクを止めた後、まず柴又駅に向かった。寅さんが旅立つ時にいつも使っていた駅だ。妹のさくらもよくお兄ちゃんを見送りに来ていたシーンがある。映画で何回も見ていたので、やはり実際の場所に来ると臨場感が伝わってきた。駅前には寅さんの銅像が建てられている。たくさんの人が寅さんと写真を撮っていた。ということで、僕も親父に撮ってもらった。改札口のすぐ近くには、「さくら」という喫茶店があった。もう先に名付けた者勝ちだ。

 そこから参道を歩いて帝釈天の方へ向かった。団子屋から仏具店にみやげ屋まで看板を掲げた出店が軒並み並んでいる。参道はそれほど広くはない。   

 この参道の並びに「やぶ忠」という美味い手打ち蕎麦屋がある。ここに親父と入った。店内の壁には当然のように寅さんの映画の名場面といわれる写真がたくさん展示されている。そして、男はつらいよの主題歌がクラッシク風に延々と流れていた。この場所にあるからこそ許される特権だろう。

 蕎麦はこしがあってボリュームも抜群だ。また僕がおすすめしたいのは、刺身こんにゃくだ。氷の上にのせられた透き通るようなこんにゃくを甘味が入ったしょう油にたっぷり漬けて一気に口に放り込む。

 

少し曲がりくねりながら、帝釈天の正面に着いた。たくさんの人が参拝に来ていた。男はつらいよの第一話では、柴又に帰ってきた寅さんがこの帝釈天境内で御前様を見つけて「御前様!この顔に見覚えありゃあせんか!寅ですよ!」と話しかけるシーンがある。そのシーンを始めとして、映画にはこの帝釈天でのシーンが多くでてくる。

 

この人ごみの中から寅さんがひょっこり出てくるのではないかと思うほど、あの人の存在感というのは映画を通して多くの日本人に影響を与えている。でなければ、土曜日とはいえ、東京の外れにある小さな町の一角にすぎない帝釈天にこれほど人はやって来ないだろう。

写真:江戸川を望む 向こう岸右側に見えるのは矢切の渡し

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寅さんの故郷、柴又へ 1

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2008年9月27日(土) sun/cloud 

 ここで近日の旅日記を一つ。
一昨年、僕が半年ぶりに海外から日本に帰国してから、一つの傑作映画と出会った。
これぞ純日本の姿、これぞ日本人の情、ともいえるくらい帰国直後の僕の目にはとてもインパクトがあった。そして、あの主役が演じる男の生き方、男のつらさ。女性にフラれてまた旅にでる。また故郷に帰ってくる。またフラれる。また旅にでる。これでもうお分かりだろう。

 そうである。ついに僕は「寅さん」の故郷、葛飾柴又へ行ってきたのだ。
ハーレーに乗っている親父と一緒にお昼前に出発した。日帰りツーリングである。

 東京とはいえ、東京と千葉の間を流れる江戸川の畔にある下町だから、高速を利用しても自宅(神奈川県青葉区)からは1時間半はかかる。土曜日だから渋滞も気になったが、保土ヶ谷バイパスから湾岸線でベイブリッジを渡り、大黒サービスエリアまでは意外とあっさり着いてしまった。
 ベイブリッジはバイクで走るのは初めてだった。ちょうど、進行方向左側には横浜ランドマークタワーなど横浜港の風景が一望できる。
 だが、橋の上はやはり風が強かった。もともと風速が強い日は、バイクごと飛ばされてしまうのではないか、と思うくらいだ。ちなみに、大黒サービスエリアはグルグルとループ上の道路を下るところにある。分岐点にもなっているところなので少しややこしい。
 川崎の東扇島・浮島を抜ける。このあたりは道幅も広く、ひたすら真っ直ぐで走りやすい。せいぜい、ハーレーとXSだと70~80キロぐらいがベストだ。それ以上だすと振動が激しくなり、エンジンも限界を感じているような音になる。そのお陰で僕たちの横をトラックや乗用車が次々に抜かしていく。まぁそれはそれでいい。
 やがて海底を走る多摩川トンネルを抜けると、羽田空港だ。ここの空港は高校の修学旅行で北海道に行った以来使っていない。次に使うのはいつになるだろう。                                                         

 続いて左手に見えてきたのは、大田スタジアム。ここは中学3年の時、軟式野球の東都大会に出場したときに試合をした場所だった。それにしても不思議なものだ。当時はコーチのワンボックスにみんな乗り込んで、このスタジアムまで来たことを鮮明に覚えている。普段は試合があってもこんなに遠くまで来ることはないから、えらく車内ではお喋りで盛り上がった。と、同時に内心ではこんなに良い球場で試合をすることにドキドキしていた。肝心の試合は、2-0で勝利した。相手は若葉なんちゃらといった都内のチームだったと思う。

 去年、大学の野球部でお別れ試合をしたのもこのスタジアムだった。

 とにかくである。当時中学生だった自分がそれから10年後、まさかこのそばをバイクで走りぬけ、当時知りもしなかった寅さんに会いに柴又へ行こうとは思いもしなかった。誰にでもあるのではないだろうか、「あの時はここであんな事をしていたなぁ~けど今は…」みたいな話が。

 そんな大田スタジアムをちらちらと眺めながらあっという間に通りすぎた。 

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初の金沢八景

2008年9月7日(日) sun/rainthunder  ずぶ濡れ

午後3時出発。天気良好。
富山ツーリングから2週間ぶりのツーリングだったが、相変わらず調子がいい。
アイドリングも安定していて、とても30年以上も昔のバイクだとは思えない。

 保土ヶ谷バイパス~横浜横須賀道路~釜利谷Jct~並木ICという流れで快速に走った。並木から八景島まではすぐだ。国道357号を南に走っていく。車は少ない。このあたりは工業地帯のような風景が続いている。それもそのはず、進行方向に向かって左側一帯には金沢工業団地である。東京湾に面して三菱重工などの大きな工場がたくさん密集しているのだ。ただし、僕は工場見学はしない。ただ海に向かって走る。

 八景島シーパラダイスという所は、じつはこの日が初めてであった。ただし、1人で八景島には行かない。ただ海に向かって走った。

 今日の目的地は海だが、その前に寄る所があった。物件である。場所は京急金沢八景から徒歩8分の柳町33丁目だ。地図上では平潟湾に面していて、どんな場所なのか気に成なってしまった。実際は…まさに平潟湾が道路一つ挟んで目の前に広がっていた!駅からも歩いて10分以内で遠くない。
 小型船がたくさん停泊していて田舎の雰囲気を漂わしているし、目の前の通りも交通量がめちゃめちゃ多いわけでもない。(時間帯もあるのだろうが)
家賃は5万5千で風呂とトイレは別。バイクも敷地内で適当に止めれそうである。なかなか良い所ではないか。兄貴にさっそくメールを入れてみた。すると、

「八景はクサットル。そこは学生の街や。横須賀に来い!野比までバイクですぐやぞ!」

 とにかく、少しでも自分の居場所に近づけたいらしい。それはなぜかというと、近くにいれば色々と「便利」だからである。もう少しくだけた言い方をすれば、「使える」からである。まぁその話はやめておこう。

 金沢八景から国道16号で横須賀に向かった。日曜日だから交通量は多いが、どこか道は田舎だ。このあたりはくねくね とした短いトンネルが多いが、それだけ山が多い所なのだ。僕にとって横須賀のダイエー付近は一つの基点だ。ここまで来ると海までもう少しだからだ。三笠公 園に寄りたかったが、あまりの人の多さにやめにした。

 ここで絶景ポイントが訪れる。よこすか海岸通りである。ここは少し南国の雰囲気を漂わせていて、道はいつも空いていることが多い。
第二の絶景ポイントは観音崎を経由して浦賀、久里浜まで一気に走り、野比海岸に抜ける瞬間だ。特に野比海岸沿いの道路は海を一番近くで感じることができる。
出発時刻が少し遅かったせいか、やや暗い海であったが久しぶりに気持ちが良かった。

が、ここからまたお決まりのドラマが始まった。

「ポツ、ポツ、ポツポツポツポツポツポツザぁーーーrain

夕立というか、普通の雨というか、雷雨じゃんdashdash

佐原ICから横浜町田ICへ。
カッパはあったから良かったが、シールドがないから顔がめちゃめちゃ痛い。

ここ最近ひとつ感じたことがある。

僕の旅はどこかで必ず雨にあたるということだ。3年前、SRで四国まで旅した時も、2年前、海外を旅した時も、この前富山に洋平に会いに行った時も、である。

どこかで必ず孤独感と虚しさを倍増させるような雨にぶちあたる。

写真:久里浜港から発電所を望む

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