アメリカの大都市へ
ロンドンから大西洋を越えて、もうじきJFK空港に着陸するという時、機内の窓からマンハッタン島の摩天楼がうっすらと見えた。それが生まれて初めてなまで見た「アメリカ」であった。上空から見えたニューヨークの近代的な風景は、ヨーロッパとはまた違う強烈な印象が今でも残っている。
地図で
見ると、あの広大な国土を持つ多民族国家を目の前にして、内心で震えるような緊張感を味わっていた。そして、ついにヨーロッパからやって来たのだという自
信もすっ飛んでいたように思える。僕は、この時の自分の心境を決して大げさに言っていない。この国で、これからちょっと不審な行動でもしてみれば、最悪、
拳銃で撃たれるかもしれない。もちろん、それは相当の行為をした場合だろうが、それでなくても、「アメリカ」がそういう社会であることには変わりはないだ
ろう。実際、冗談だろうということが現実に起こってしまう国ではないか。と、機内でここまで深く考えていなかったにせよ、僕はこの時、とにかく変に緊張し
ていたのである。
JFK空港からマンハッタン島までは、電車で一本である。島の中心部までは大体、一時間ほどで、駅数も多い。電車がある駅から次の駅へと進んでいくうち に、僕のいる車内はどこを見渡しても黒人、黒人、黒人である。数年前まで、NYの地下鉄といえば、窓に落書きは当たり前、車内はゴミが散乱して汚く、おま けに治安が悪いという始末であったようだ。しかし、近年の大幅な地下鉄美化活動によって、そうした現状はかなり改善されたらしい。そして、そのお陰で地下 鉄内の犯罪率が、以前より急激に減少したという。環境の変化は、それほど人の心を動かすのだろう。
僕が初めて乗ったNYの地下鉄は、そういった意味では、美化活動によって大幅に改善された状態であった。これも、ニューヨークの新しい一面であるかもしれない。
それにしても、黒人が多い。生まれて今日まで、これほど黒人に囲まれたことがなかったために少し緊張した。と、同時に、アメリカにやって来たのだという実
感が涌いてきた。黒いサングラスにニット帽を深く被り、全くの無表情で座っている黒人。音楽を聴きながら口ずさみ、ノリノリで体を揺らす黒人。ボディー
ガードのようながっちりとした体格と高身長で、革ジャンが様になり過ぎているモデルのような黒人。なかには、目が大きくて丸くて顔も丸い、愛嬌のある黒人
も目の前に座っている。駅に止まる度、そんな彼らが次から次へと電車に乗ってくるのである。割合、黒人の姿をよく見かけたパリですら、さすがにこんな事は
なかった。(パリでは、スーツを着た黒人が高級なブランドショップなどの販売員や警備員をしていることが多かった)電車がいよいよマンハッタン島に近づく
と、車内は徐々に混み始め、電車がタイムズ・スクエアなどの中心街の駅に到着すると、黒人だけではなく白人や僕のような東洋人も、あっという間にミックス
状態になった。さすがはアメリカだな、と思った。
空港から電車に乗り込む前、今晩泊まろうとしていた宿の行き方をある大柄な黒人警備員に尋ねたら、もうこれ以上ゆっくりできないほど丁寧な英語で教えてく
れた。親切な黒人であった。が、僕はそれでも迷ってしまった。タイムズ・スクエアなどの複数の路線が交錯する駅では、もちろん人は大勢いるが、プラット
ホームはやや暗い感じがする。また美化活動が実地されたからとはいえ、やはり地下鉄特有の生暖かい風と一緒に、アンモニアのつんとする臭いが鼻にかかる時
がある。
多くの人が立ち並ぶプラットホームの真ん中では、じつに陽気な表情で、今まで見たこともない不思議な楽器を使ってリズムカルな曲を演
奏する者がいる。また、マイクを片手に大熱唱している女性の姿があった。それがまた、迫力満点だったりするのである。大概、黒人である。彼らのつくりだす
陽気な音楽こそ、この何となく暗いNYの地下鉄には不可欠であるだろう。
迷いに迷ってようやく地上に出た時、もう陽はとっくに沈んでいて辺りは
真っ暗であった。僕は、セントラルパークの西側、パーク沿いの道をひたすら北へ歩き始めた。電車を降りたのが、少し早かったようである。宿までしばらく歩
かなければならない。11月下旬、ニューヨークの夜はもう冷え込んで寒かった。
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